FILE65  ヘビノネゴザ Athyrium yokoscense (Fr. et Sav.) Christ
 図1 金沢城 石川門 鉛瓦が鈍く光っている。(平成14年4月3日) 
 図2 鉛瓦   図3 鉛瓦の模型
 
 いきなり野草の写真ではなくて、驚かれたでしょうが、お付き合い下さい。
写真は、金沢城の石川門です。金沢城は明治14年に焼失して、現存する建物としては、この石川門と三十間長屋だけになっています。金沢城の大きな特徴は、屋根瓦にあります。鉛でできた鉛瓦というものです。すべてが鉛でできていると重いので、骨組みは木で、その上に厚さ5mmほどの鉛板を張り付けたものです。資料館に鉛瓦の模型がありましたので図3に示してあります。
 ご存知のように、
鉛は有害な重金属です。とすれば鉛瓦の近くの植物にも影響があるのではないかというのが今回の話題です。

 図4 石垣下のヘビノネゴザ  図5 石川門下の側溝内のヘビノネゴザ
 図6 石川門の石垣での群生  図7 葉の裏の拡大
 図8 ヘビノネゴザの胞子嚢群  図9 葉柄基部の鱗片(茶褐色で周辺部が淡褐色) 

 鉛汚染の進んだ土壌でも平気で育つ植物の一つにヘビノネゴザ(蛇の寝御座)があります。シダのことを一般にヘビノネゴザと言うこともありますが、ここで言うヘビノネゴザは和名としてのヘビノネゴザという種類のシダ植物のことです。石川門の石垣の下(図6)や側溝内(図5)で見られます。図5の手前、枯れた葉をもつ株がヘビノネゴザです。ほかに、シケシダやベニシダも見られます。
 ヘビノネゴザは別名、
金山草(かなやまそう)ともいわれ、金属鉱床を探す指標植物として、古くから経験的に利用されていました。
 「ヘビノネゴザは、
を主として根の細胞壁に、亜鉛を根の細胞壁と細胞液中に、カドミウムを葉身に集積する性質があることが近年になって明らかにされた。その集積率は、取り込んだ重金属の80%にも及ぶ。なおヘビノネゴザは、鉛瓦葺きの金沢城石川門の周辺や鉛瓦葺きの建造物の火災の際に鉛汚染を受けた石垣にも群生していて、土壌重金属汚染の指標植物として利用できることが明らかとなった。」「これらの植物は、重金属を好んで集積するのではない。根に取り込み可能な重金属が土壌中に多量に存在するときに、それを受動的に取り込み、無害化して生育している場合が多い。」本浄高治. 1996. 重金属と植物. 週刊 朝日百科 植物の世界 朝日新聞社. 119(13-318). による。

 次に、鉛汚染の実態について、具体的に説明いたします。表1は、金沢城内の各地点の土壌で測定した重金属の値(ppm)です。

 
表1 Concentration of metals in ppm for samples of soils

  鉛 マンガン  銅 亜鉛
乾燥資料;
抽出液:1%硝酸、( )は1M酢酸アンモニウム
文献値:U.S.A.非汚染地
N.D.:検出されない


植物園は、金沢城の本丸(及び東の丸)跡地です。本丸は何度も火災にあっていますので、溶融した鉛が土壌中に多く含まれていると考えられます。


金沢大学は、郊外へ移転したので、現在の金沢城内には大学施設は存在しません。

石川門側溝内

植物園入口

植物園発掘跡

三十間長屋

教育学部丸池付近

職員宿舎生協側入口

職員宿舎池の付近

宮守坂中腹

教育学部付近、モミジの下    

職員宿舎内、桜の木の下    

文献値
6,050
(2,468)
1,310

3,740

19,000
(2,781)
1,720
(527)
 636

  114

 667

 N.D.

 N.D.

  20
 127
(66)
 413

 177

 213
(76)
 550
(167)
 288

 137

 322

 120

 280

 660
 33
(0.4)
 25

 42

128
(15)
 56
 (7)
 54

 30

 34

 14

 23

 45
 80
(31)
 52

 19

 51
(20)
 43
(12)
 42

 18

 49

 64

 97

<80
 
石川門で雨水と鉛瓦から落ちる雨だれを採取して、pHと鉛含有量を調べたデータは表2のようになり、雨だれの中に鉛がとけ込んでいることが確かめられました。

 
表2 pH and concentration of lead in ppm jor samples of rain water and rain drops jrom lead tile.
資料採取 月/日
11/7 11/8 11/9 11/10 11/11 12/6 12/18
雨水 pH
鉛(ppm)
5.32
N.D.

4.70
N.D.

5.10

5.48


鉛瓦からの
雨だれ
pH
鉛(ppm)
5.80
5.90
4.60

4.65
14.83
4.95
9.37

5.60
6.10
5.70


 また、鉛汚染土壌地域に生育している各種シダの葉の重金属濃度調査結果の一部を表3に示します。

 表3 Concentration of metals in ppm for samples of ferns*   *乾燥資料





ヘビノネゴザ  シケシダ リョウメンシダ  ベニシダ   土壌
328〜17,000  1,431    1,079  
  6,054 
マンガン    110    44    53
  127
    25  <16    21    15      33
亜鉛     90    71    111    68    80
 
表1と表3の土壌中の鉛濃度に違いがある(6,050と6,054)のは、原著論文の誤植らしいのですが、いずれが正しい値かは不明であります。
 また、鉛の含量が異常に高いのは、鉛瓦から溶解した鉛が葉の表面に相当量付着しているためと考えられています。すなわち、表中の鉛の値は、シダ類が体内に鉛を濃縮した値と表面に付着した鉛の値との和の形となっており、特に大きな値は表面汚染と考えられています。さすがのヘビノネゴザも、三十間長屋の雨だれの直下には生育していなかったことから、土壌鉛濃度が19,000ppm以下のところに生育限界があるものと思われています。

 以上のデータは、本浄高治ほか. 1980. 金沢城内鉛瓦による汚染地域の植生. 植物地理・分類研究. 27:70-73. からの引用です。

 「吸収された鉛は、ロジソン酸ナトリウムによる染色の結果、その大部分が根の皮層の細胞壁に集積されていることも判明しました。
日本にはおよそ800種のシダ植物が生育しているが、ヘビノネゴザだけが重金属耐性に特異性を示すことは自然界の謎の一つである。最近になって、この種が特異的に体内にカドミウム、亜鉛、銅および鉛などの重金属を集積する性質があることが明らかにされたが、その耐性機構については全く不明である。」
 本浄高治ほか. 1984. 指標植物中の重金属の状態分析−金沢城鉛瓦による汚染地域に群落をなすシダ植物ヘビノネゴザの鉛の集積と耐性について−. 植物地理・分類研究. 32:68-80. による

 以上、専門家の研究により、ヘビノネゴザが金山草と呼ばれていたのは、単なる経験上のことだけではなく、ヘビノネゴザが鉛を受動的に取り込んでおり、少なくとも金沢城内では、土壌の鉛汚染の指標植物と言えることが分かりました。
 もちろん、一般的に言って、ヘビノネゴザがあるから重金属汚染をしているということではありません。



花模様