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  第三章  医学英語の科学的な学習法

  医学部あるいは医学校を卒業し、実際に診療や研究に従事するようになった若い医師が、英語による情報をすばやくキャッチするためには、高校や大学受験の時のように、知らない英単語にでくわすたびにいちいち辞書をひくのではなく、それらの単語の意味を科学的に推測して読むとよい(もちろん、絶対に間違ってならない内容、たとえば薬の使用法、処置の仕方などを理解しなくてはならないような場合には、必ずしっかりと辞書によってその意味を正しく理解することは当然である)。

(つづく)

  第四章  日本人の英語能力はなぜ低い   

  世界の先進国(あるいは developed countries というべきか)の人びとのなかで、日本人ほど英語能力の低い国民はない。G7における首脳会議のような時でも、会場内でのことは分からないが、テレビなどで写しだされる会議後の共同インタービューの場などで、インタービューを始める前や後に他の首脳たちが互いになにか話し合っている時、残念ながらわが首脳だけがいつもぽつんと会話の輪から取り残されているようにみえるのは、私だけの感想であろうか。

  国際学会などでわが国の医師や医学者がおかれた状況もそれに劣らずで、多くの金と時間を使ってわざわざ海外の学会に出席しながら、会場でもパーティーの席でも日本人だけが集まって日本語で話し合うというようなことが多い。これは裏を返せば日本人の英語能力の低いことの証明でもある。しかし、日本の識字率は世界最高であり、家庭の出費の中で教育費の占める割合は極めて高い。経済の落込みがとりざたされてはいても依然として経済大国であるわが国の知識人が、世界にでるといつも自分たちを片隅に押込め、自分たちだけのグループを作るというのは正常ではない。

  日本語は、彼らが使うインド・ヨーロッパ語系の言葉とは全く違う言葉であり、言語学的にいって英語とは全く関係がない。同じインド・ヨーロッパ語を基礎に分化したヨーロッパ各国の言葉を使っている国民が、基本的には同じ根を持つ英語を話すことはそれほど難しいことではなかろう。それに比べ、単語も文法も英語とは全く関わりのない日本語を、それも世界でもっとも習うのが難しいと定評のある言葉を生まれてこの方使い続け、思考過程がそれでしかできなくなっている日本人では、いつも英語を使っている一部特殊な人々を除き、流暢に英語が使える方がおかしいと主張する人さえある。しかし、国際化が強くいわれている今日、特に人の生命をあずかる医師、医学の分野でそのような主張をすることは、基本的には間違いであろう。

  一般の日本人が流暢な英語を使う必要はない。東南アジヤやアフリカなどのいわゆる developing countries から来日した留学生などは英語をたいへんよく話す。会議でもパーティーでも英語を母国語とする人のように振る舞うが、よく聴くと、時々彼らの英語は文法的におかしく、発音もお国の訛が強いことが多くて、あれならわれわれ日本人の方がうまいと思う場合もある。しかしそのような英語でも英語圏の人びとには十分理解され、コミュニケーションの場に加われる。他国人に自分たちの意見を伝えるためには、たとえ文法に間違いがあっても発音がおかしくても、その方が、多くの日本人にみられるように、部屋の片隅に自分たちだけが集まって日本語で話をし、他国人との会話に加わらず、同朋の文法や発音の間違いを蔭でけなすなどよりははるかによい。

  どうしてそのように日本人は国際的に特殊なのか。煎じ詰めればこれは高い教育を受けた(日本語でだが)日本人の自意識過剰に原因がある。


 1.なぜ話すことが通じないのか 
  言葉はお互いの意思を通じさせる手段として発達したものであり、文法を云々するためのものではない。とかく日本人は受験英語のテクニックに惑わされ、やれ複数だ単数だ、過去完了形だと細かい文法にうるさい。かつ、英語の文章を細かく分解し、日本語に置き換えるだけの作業には慣れているが、それをしているだけでは実際の会話あるいは講演のスピードについていけない。話す側に廻った時にも、文法その他に意識を置き過ぎる結果、英語国民が普通の会話で使うような簡単な表現ができず、古くさい文章を考え考え話す結果となって、生きた会話の輪に入れない。しゃべれば恥をかくことを恐れ(日本人の自意識過剰)、結局沈黙を守る結果となる。ここでは、どうしたら英語の会話の輪に入られるか、実際に英語で会話するとき注意すべきことについて列記する。

    間違いは当たり前、文法などは気にするな
    下のエッセイ中にある英文を読めば文法など意識しないで英語が話せるという自信がわこう。

[NARRATION]


  金沢の兼六園では、正月と春の桜、夏のお盆の時などに入場料が無料となります。金沢は訪れる外国人も多く、その人たちが苦労せずに入園料のいらない時期を知られるよう英語での案内板なども張り出されるのですが、何年か前、それらの一枚に period の意味で priod、peirod、prieod と3種の単語?が書かれていたことがあって、その博識を笑った事がありました。

  しかし、"鳥"は現在の英語では bird ですが、ずっと昔には brid と表記していたといわれますから、ひょっとしたらこの"期間"を表す英語を priodなどと綴ったことだってあったかも知れません。もともと英語の綴りは、その昔の印刷工が耳で聞いた音をそのまま表記したものだといわれますので、同じ単語であっても初めは随分と勝手な書き方があったのではなかろうか。

  その伝で行くと、我が国で英語などの綴りが、例えば baseball は base boll、homerun は home ran となってもそんなにめくじらたてることではないのではないか。あれこれ考えている間に話に詰るより、日本流に発音した方がはるかに実用的だと気づくようになりました。その意味で啓蒙的だったのは Don Harron の Charlie Farrquharson's Unyverse(Macmillan,Toronto,1990)という本(一種のパロディー)で、その書き出しの一節は

  I never went to Universty or even Hyschool. My pairnts took me outa classes in erly April, 1934, fer the harrowing days before they went to seed. By the time my fella stoogents was writin their exams I was gittin in the hay with my sister, so I never got to Matrickulate with all the rest of the girls and boys of my class.

  How cum alluva sudden I'm yer Wizzaerd of Coz Mology, a expert on Ike Newton, Alber Tinstein and Steevin Hocking? As a man outstanding in his field, I keeps my feet parrlell to the ground and my eyes pritty well lookin down on yer erth's serface, so wat makes me reddy to sell my Star Wares? Well, a lotta my werk, even with Daylite Slavin, has bin by starlite. I bin on intimitt terms with all them nockternal twinklers since I wuz knee-high to a creem separator. -------

  So, I've dun some investigatin and creamated a new werk on scients to x-plain everythin - Im reddy to share the secrets of my Unyverse with all of youse. Paya tension, cuz yule be marked on it laider.
  これを大声でそのまま発音してみると、アメリカの田舎のお年寄りの話をきくような臨場感があって私は好きです。-------
                                       永坂鉄夫:留学生交流いしかわ  1995, vol.2 に一部追加

 通じる英語を話す訓練  

 (1) 英語で行われる講演会などへの積極的な参加  
  最近は、ほとんど毎日どこかで英語を母国語とする人による英語での講演会、学会発表その他の催しが行われている。このことは、それほど日本も国際化?したことを示すものだが、一部の裏話では、まだまだいろいろな手段を使って聴衆の数を増やす努力が必要だという。自分の専門分野あるいは興味のない話を聞きにいっても分からない。それよりも、今さしあたってしなくてはならない仕事がある。どうせそのうち日本語に翻訳された要約が出されるはずだから、それを読めばよい、などさまざまな理由があって出席を見送るのであろうが、生きた医学英語を学ぶためには、できるだけそれらの講演会、研究会などに出席し、英語を話す人たちの生きた英語に接することを勧める。

はじめは、講演の内容が十分には分からなくても心配する必要はない。それよりも、講師の英語の話し方、例えば intonation、文章の区切り方、間の置き方などを聞いて、後で記憶にある部分の調子を繰り返しまねしてみるとよい。文章は、講演で聞いたのと全く同じでなくてもよい。とにかく、歌を唄う時のように、リズムと抑揚をとって、自分で話してみることが大切で、講演を何度も聞いていると、不思議なことであるが、ある時から講演の内容が突然理解できるようになることが多い。


 (2) メディア(テレビ、ラジオ)の積極的な利用  
  テレビ、ラジオの英語番組を聞き続けるとよい。英会話番組を聞くのもよいが、医師、医学者には会話のための番組を聞き続けるだけの時間がない場合が多いので、それよりも英語ニュースや英語音声のドキュメンタリー番組などを聞くことを勧める。この時も、講演会への出席の場合と似て、あまり細部にとらわれず、英語としての intonation、文章の区切り、間の置き方などを聞き、記憶に残った言回しを繰り返してみるとよい。

生きたアメリカ英語に慣れるためには、例えば NHK のセサミストリートなどを聞くとよい。できればビデオテープに録画し、余暇にもBGミュージックのようなつもりで聞き流し、英語の抑揚、単語の区切り方、語尾の音の出し方などを無意識のうちに身につけるとよい。


 (3) CD、カセットテープの積極的利用  
  繰り返し聞くという意味ではこの方法が最もよい。テープなどの内容は、会話学習のために特別に製作販売されたものである必要はなく、たとえば前述のセサミストリートとか英語で行われた解説、あるいは中級−上級英語における朗読などを自分でテープに録音し、それを聞き続けてもよい。この場合でも、英語の intonation、間のとり方、単語の区切り方、語尾の取扱いなどを、歌を聞く時のように聞き続け、折に触れてそれを自分で繰り返すとよい。聞いただけで自分がそれを実際に口に出して繰り返さなければ、学習効果は少ない。


   こうしたら英語がうまく聞こえる  
  上にあげたいずれの方法も、本場で話される英語の抑揚、調子に慣れることの必要性を説明したものである。英語に限らず、どの国の言葉でもそれは同じで、その言葉を母国語とする人に自分の言葉を分かってもらうためには、その国の言葉と同じ調子でないと苦労が多い。英語では、各単語を intonation を無視し、一つずつ区切って発音する(日本語ではそれでよいが)と、たとえその文章が文法的に正しくとも、なかなかすぐには理解されない。

a: 話し言葉としての英語は一種の音楽(歌)だと認識するとよい。
知らない英語の歌でも聞き続ければ歌えるように、話し言葉としての英語も、そのリズム、抑揚に慣れれば、英国人が話している時のようにうまく聞こえるようになる。下の英語の詩を「ほたるの光」の旋律ですばやく歌ってみれば、その意味がよく分るであろう。
Photosynthesis (Tune: Auld Lang Syne)
When sunlight bathes the chloroplast, and photons are absorbed
The energy's transduced so fast that food is quickly stored
Photosynthetic greenery traps light the spectrum through
Then dark pathway machinery fixes the CO2
       From Baum H., The Biochemists' Songbook, Pergamon Press, 1983, p.25.
b: 日本語の単語はそのほとんどが母音で終わる。
その癖がついているため、母音で終わらない英語単語(大部分の単語が該当する)を日本人は a,e,i,o,u の母音を入れて発音してしまいやすい。これは英語としてたいへんおかしな発音であり、それだけを注意するだけで英語が格別にうまくなったように聞こえる。とくに注意するとよいのは、
d や t で終わる単語の時は d や t をほとんど発音しない
   例 red  レッドではなく ウレッ と発音する
rat  ラットではなく ウラッ と発音する
f や g で終わる単語の時は f や g をほとんど発音しない
   例 chief チーフ ではなく チー と発音し、最後に下唇をちょっと噛む
bag バッグ ではなく バァ と発音し、最後に g をつくる口の形をする
w と u、l と r の発音をはっきり区別する
   例 wood と oodles
loom と room

最近日本で発刊された英語の辞書の一部に単語の発音を「かな」で示したものがあるが、上にあげたような英語の発音の特徴を理解した上で使わないと危険である。

下の文章のうち、下線のある単語は上に例として挙げた単語と同じ発音上の注意があてはまるものである。それに注意しながら声を出して読んでみると、カタカナ読みした時との違いが分かる。
Davis, September 8, 1969
Dear Tetsuo:

  It is with great sadness that we see you leave Davis to
return to Japan. Our best wishes go with you. It has been a
wonderful year having you in the laboratory. You have worked
too hard and you have accomplished a great deal. I hope you
will keep in touch with us and call upon us at any time that
we can help you.
Our best wishes for a pleasant trip home and our regards
to your family,    

               Sincerely,
               Loren D. Carlson
          From Nagasaka T., One Word Too Many, Kanazawa, 1996, p.3.
ひとくちメモ

基本的な動詞(get、put、take など多数)に副詞をつけて、異なる意味をもつ動詞句をつくる。たとえば動詞 get の場合 get along、get down、get off、get out などきわめて数が多い。とくに口語ではそのような動詞句を使うことが多く、それらをうまく使うと君の会話がひきたつ


  日本人の英語がまずいのは、自分の英語そのものよりも他人の目、批評を気にする村社会に住む日本人のいわゆる「自意識過剰」が原因で、意識、無意識を問わず、人前で英語で話すことに引っ込み思案になり、さらに英語が使えないという悪循環に陥るためである。それを断ちきるためには、英国人と全く同じ発音ができないからと沈黙するよりは、語尾だけに注意しながら、日本的な発音(カタカナ発音)で素直に話をした方が、医師の言葉として尊敬される。


c: 英語単語はアクセントをつけて発音する。
英語のアクセントはたいてい単語の初めにでてくる母音にあるので、それを大きく発音すればよい。日本語では発音が平板であり、アクセントも単語の後部に移動する傾向があるので、日本語それもカタカナの単語になおった英語を発音する時には、とりわけ注意が必要である。
例: The manager of the hotel asked me what I wanted to have for dinner. I was so tired with watching the carnival that I ordered only some sandwiches.

下線はアクセントのあるところ。それらの単語をカタカナ読みにした日本語では、アクセントがなくなるか、語尾の方に移動する。

 2.なぜ読むことが苦痛になるのか  
  英語の文章では、主語の次に述語がくるので、主語がどうするかすぐわかる。ところが日本語は、主語からあと延々と現象の記述が続き、最後に述語が来るので、最後まで主語がどうしたかを判断できない。これが英語の同時通訳者の最も困るところで、日本語から英語(あるいはその逆も)に同時通訳された文章を聞いて違和感を感じるのはそのためである。それは、英語での思考と日本語での思考の過程がまったく違うことを意味する。英語を読む時日本語を読む時のように情緒的に読んではうまくない。


   英語で書かれた文書を読む秘訣  

a: 文章を頭から読む習慣をつける
文章を頭から読みくだせば、主語がどうしたのかたちまちその時点で結論がでる。後は付け足しであり、細部で分からないところがあっても引っ掛からない。それで大体の意味はつかめる。主語でさえも修飾がついて長くはなるが、それは次にいうように、同じことに関連したいわゆる[意味の群]に文章を区切って、区切りごとにまとめて読んで行くとよい。


b: 文のなかで意味の群をみつけ、それぞれの群で区切って読む
このやり方が英語の特徴で、日本語のように、一語一語を訳して読むのは最も屈劣な読み方である。学生の中には、そのような方法で読んでも意味がとれないという人があるが、それは間違いで、要は慣れの問題である。一度この方法をマスターすると、一語一語の翻訳などはまどろしくてできない。下の文章はそのように意味の群で区切った例である(あまりいい例ではなく、あくまでも著者個人の勝手な区切りであることを理解していただきたい)。
Davis, September 8, 1969
Tetsuo-san:

Needless to say,/ it is more than difficult / for any of us to say "good-bye" to you. This year has breezed by / without giving a thought to the fact that/ it was bringing your visit with us / to a sad but final end.

How we do tell our "Japanese honkie"/ that we love him / and will miss him? We really don't,/ at least not enough time / nor well enough to convey / the emotion that we feel. You see, Tetsu,/ you have not only been a friend to us / but have become a part of us,/ a very special part/ that will linger long after you have gone. Although the body is separated from the group,/ the memory of your goodness and kindness / will be forever here.

Take care of yourself, friend,/ and remember the silly Americans / who laughed at tradition / and caused you many moments of anxiety and frustration. You will never know / how much your friendship and warmth to us / nor how much the atmosphere will change now / that you are gone.

You are, indeed,/ our most honorable professor.

                          Sayonara, until we meet again.
                          SH, MS, WH, RG, JE, RE, JM,VR and BB
                  From Nagasaka T., One Word Too Many, Kanazawa, 1996, p.3.
c:[起承転結]を頭に置いて読むくせをつける
医学や関連の研究分野では、欲しい情報を早く多く吸収する目的で読書がされる。
そのような読書では、書かれているものの内容を概略で知る必要がある。そのためには、[起]すなわち introduction をしっかり読み、まずどういうことが書かれているのか、研究あるいは報告の目的を理解し、さらに[結]すなわち conclusion をしっかりと読む必要がある。

もし自分が書かれていることと同じこと(例えば実験など)をするのでなければ[承・転]は軽く読んでよい。さらに、読み終ってから自分が著者になったつもりで筋あるいは論理を要約する癖をつけると、読むだけではなく、自分が実際に英文で物を書く時たいへん役にたつ。


d: 英語を話すのと同じように、読む場合でも、書かれた英語に慣れることが大切である。
それには、自分の興味のある分野のエッセイや論文、報告などをいつも読んでいる必要があろうが、書かれた英語に慣れるためには、医学関係の書物や雑誌の外に、比較的やさしい小説やエッセイを読む習慣をつけるとよい。とくに児童文学などはほとんど辞書を引かなくて読めるので、この目的にはかなっている。児童用にやさしく書かれたものを馬鹿にすべきではない。

その分野で慣用的に使われる術語や言葉を効率よく覚えるために、辞書の他に、自分自身で術語を整理した手帳(単語帳など)を持つとよい。勤務場所や街角の広告、あるいは案内のパンフレットなどで気のついた英語などをメモしておき、後で整理し、正誤を見つけたりするのも、あまりいい趣味ではないが、英語を読む場合の参考になる。

[NARRATION]

  無趣味な男にとって「あなたの趣味は何ですか」と聞かれるのは何ともつらい。テニスやゴルフのような戸外のスポーツは好きだがそういうのを趣味といえるかどうか。時々、他人の趣味を聞く人に対する皮肉もこめて、高圧線の鉄搭の写真のコレクションだとか、街の看板の誤字探しだとかいって怪訝な顔をされていました。しかし、広い世の中には変った趣味の持ち主もいるはずで、本当に鉄搭写真家とでもいう人が現われてお互いのコレクションを披露し合おうなどといわれたらどうするか。だからこの頃は、もっぱら街なかで見られるいろんな案内などの誤字、それも英語やフランス語で書かれたものについてあれこれ詮索することも趣味といえばいえますなどといっていますが、そんな品のないことを趣味というなどまことに悪趣味だと、家人からいつもいやな顔をされています。

  職業がらいろいろな都市に旅行することが多く、そんな時には特に私のこの悪趣味心が刺激されます。横文字の看板などが多い繁華街などを歩いたりすると、つい足が遅くなります。同僚が一緒だったりすると、同じように誤字を探すふりはしてくれますが、「またか」といった顔がありありですので、これも今では一人だけの時の愉しみとしています。たしかに日本では、横文字であれば格好がいい、それも英語ではなくてフランス語かイタリア語であれば申し分ない、というわけでやたらと横文字が氾濫します。地方の都市でも、夜の盛り場など、自分の国ではないどこか得体の知れぬところに迷い込んだような錯覚さえ覚えますが、そんなところにこそ思わぬ拾い物があるのです。

  正しいスペルが使われていなければ宣伝としてかえってマイナスであろうと思うのは素人の浅はかさ。店の経営者にしろ客にしろ、それは一種のデザインで、店の名前に本来のフランス語ではあるべきアクサングラーブが抜けていようと変なところにウムラウトがくっついていようと、どうでもいい。そういえば欧米でも、日本語が右左逆になった看板があったり、逆さまに文字を印刷したティーシャツがあるではないかと反論されることだってありましょう。

  看板ぐらいならどんなに間違っていてもデザインですから実害はないでしょう。しかし、この頃のように大変多くの外国人が我が国を訪れるようになり、少なくとも英語ぐらいで正しいインフォーメーションをあたえることが必要になってくると、そのような間違いはいささか危険です。海外からの観光客の誘致に熱心な都市の目玉ともいえる公園や美術館、博物館、交通機関その他公共機関の案内など、情報の伝達を目的としたものに誤りが多いのも気になることで、このことについて少々考察をしてみたいと思います。
       From: Nagasaka, T., One Word Too Many, 1996, pp.115-117.
[QUESTIONS] (第四章)
1 日本人の自意識過剰と英語表現のまずさについてのべよ。
2 自分の話す英語がうまく聞こえるにはどうしたらよいかのべよ。
3 英語の文章を読むための秘訣についてのべよ。

  第五章 英語でする講演(学会発表)で注意すること


(つづく)


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